派遣の仕事が終わって、さあ帰ろうとしたら、監督が「そうだそうだ、ここの駐車場前を工事しなくてはならないから、今のうちに話をしよう」とN宅のインターホンを押した。

犬にわんわん吼えられながら何度もインターホンを押すが、家から誰も出てこない。留守じゃないのかなと僕は思った。ヘルメットをかぶった監督は困って、口をすぼめて曲げたような表情をした。まるでひょっとこの面に似てる。10分経過。それでも監督は辛抱強く玄関先で待つ。やっと諦めて去ろうとしたとき、玄関のドアが開いた。

眼鏡をかけたおじいちゃんが出てきたので、監督はここぞとばかり愛想を浮かべて老人に話しかけた。「あ、どうもすみません。下水の工事をしてる者ですけど、あのう、お宅の駐車場あたりに管を出しておきたいんですけど」そう言いながら、監督はその宅の駐車場前の道路で蛙のように腰をかがめて指差した。

玄関前に立った老人は黙ったままだ。聞こえなかったのか、何事もないような無表情で老人は立っている。ひょっとして耳が遠いのかな。でも目は見えるから、人が盛んに話しかけていることは分かるはずだよね。しかし、監督が説明しても老人の反応がなく、やがて監督の笑顔が凍りつきはじめた。

しばらくして玄関から主婦らしき女性が現れた。監督は救われたとばかりに駆け寄り、「あ、奥さん、今説明したんだけど、駐車場の前あたりまで排水管をとりつけておきたいんですけど。後で市が排水の工事をしやすいように」監督は腰を落として道路を触り、何度も道路を指差すしぐさが、ドジョウすくいみたいで僕は思わず笑ってしまった。

説明された奥さんは落ち着きなく何かぶつぶつ言い、犬が敷いていた段ボールを片づけたり、探し物をしているのか挙動不審。とうとう家の中に入ってしまった。監督のことは馬耳東風、無視。泣きそうな表情の監督は、やらせてもらいますからと独りごとのように言った。

いったいこの家族に何があったんだろう。他人の話に耳をかせない事情とは。そんなことを考えているとき、僕のケータイが震動した。覚えのない電話番号、間違い電話かな。迷いながら出てみると山根さんだった。よかった。嬉しかった。日時を決めて彼と会う約束をした。

ケータイをポケットに入れると、この辺に住む人はみんなおかしいなという監督の言葉が聞こえた。僕は山根さんのことばかり考えていた。


コメント

ラクス
2009年3月30日0:28

【かくのさ~ん】

映画の「呪怨」をイメージしちゃいましたョ~((((;゜Д゜)))ガクガクブルブル

かくの
2009年3月30日6:26

何かに取り憑かれたような異常な行動は霊的なものかもしれません。
その後、僕は派遣されなかったので結末はわかりませんが。^^

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