寂しい後姿

2009年3月28日 日常
昼下がりの午後、僕は山根さんに会うため、待合わせのバーガーショップに行った。約束時間の10分前に着いてバーガーショップをのぞいたが、山根さんはまだいなかった。僕はマツキヨの前で並んでいる商品をながめて、ぶらぶらと時間を潰した。

洗剤の横に蚊取り線香や殺虫剤がたくさん置かれていた。これにまたお世話になる季節がくるのか。まだ早い気もするけどね。そんなことを考えていたら、帽子をかぶってマスクをした彼がゆっくり踊るような足取りで歩いてきた。なんだかすごく怪しい人じゃないか。

えー!どうして。僕が立っていることに気づかない。僕の前を通り過ぎようとするので、やあ、と声をかけた。一瞬、彼はぎょっとしたようになり、素早く周囲をみまわした。僕に気づくと、どうも、と頭を下げた。

注文をすませ、番号札とコップを持って店内の窓側に座る。彼はマスクと帽子をとってコップの水を飲む。
「いやぁ、2年ぶりかな、かくのと会うのも」
僕を見て笑った頬に、焦燥感が漂ってみえて、やつれたなと思った。頬だけでなく、体が小さくなったようだ。どのくらい痩せたんだろう。
「いえ、3年になりますよ。みんな元気にしてますか?」
「いや、かくのが辞めてから、みんなも辞めちゃってさ。東京本社は3人になったよ。そうそう、名古屋営業所がなくなったんだ」
「えっ、そうなんですか」
「うん、おれも、辞めた」

もう今しかないと思った。彼の真意を訊くのは今しかない。ああ、なんか、どきどきしてきた。店員がフレッシュネスバーガーとペプシコーラを僕の前に置く。僕はストローでコーラをすすって、バーガーにかぶりついた。たまねぎとミートソースの絶妙なアンサンブルがうまいはずなのに、味はしなかった。

「この間、社長から連絡があって、横領したとか、家出したとか」
とうとう言ってしまった。少しの間、沈黙が流れた。そうか、という返事のあとで、彼はゆっくりこちらを向く。
「ほら、AとBのお客さんがいるとするじゃない。Aが買ったソフトをBに売りたい、そういう相談を受けてさ。それで、Aのハードディスクにデータが残ってるから、パソコンは残してソフトだけを売りたいというわけ」
「はあ」
「まあ、会社を通せば問題になるし。おれは自分の金でパソコンを買って、Aのソフトと一緒に持っていった。Bにパソコンの領収書を見せて、その代金を貰っただけ。あとは一切貰っていないよ」

それなら横領にならないじゃんか。会社に通さないでソフトを売買するのは規約違反かもしれないけど。なぜ社長は犯罪者みたいな言い方をしたんだろう。それに家を出たこととどんな因果関係があるのか。

「今、どこに住んでるんですか?」
「ん、お世話になったお客さんに、部屋を貸してもらってる」
「あの、家を出たのは」
彼はまるで別人のような表情をした。
「社長と会いたくなかったから、もうやめるつもりで、辞表と車の鍵を社長の机の上に置いてきた。そして、家を出たのは、うちの奴が家を出て行ってくれと言ったからさ」

ええー、僕は言葉が出なかった。出て行ってくれ、と言われたからって、なんだそれ。ずいぶん刹那的なものなんだな。社長や奥さんに会って、きちんと話をした方がいいんじゃない。2人の子供はどうするんだ。家のローンはどうするんだ。僕がそのことを言うと、彼はもう少し時間がほしいと言った。

僕と山根さんは店を出た。薄ぼんやりした空を飛行機が飛んで行く。しばらく飛行機音が過ぎるのを待って、彼はそれじゃまた、と歩いていった。後姿が寂しそうで悲しかった。


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