十人十色

2009年5月15日 日常
僕はワイシャツを身につけながら、ふあっとあくびをもらした。窓の外は晴れている。卓袱台の前にあぐらをかいてトマトジュースと乳酸飲料を飲んで、そのまま台所に向かって、流しで乱暴に歯をみがいてから、上着を羽織ってドアを開けた。

いつもの舗道にバイクを置いて、水筒に入っているルイボスティを飲んでいると、藤木がバイクでやって来た。もう彼の背中は汗が噴き出ている。涼しいのに、なぜそんなに汗をかいているんだと彼をからかっていると、鳥が電線にとまった。頭は黒く羽が青く、やたらに尾が長い珍しい鳥だ。ぐぇーぐぇーと騒がしく鳴く。彼に訊くと、尾長鳥だと言う。

いつものように配置に就いて、車や歩行者に注意を向けるが、開店したばかりでお客も少ない。僕は眼前に広がる風景をぼんやりと眺めた。遠くの水田で農家のおじさんがトラクターで田起こし、代かきを始めている。もう田植えの時期なのだろうか。今は手で田植えをすることはないんだな。みんな機械で植えちゃうから。映画、座頭市のリズムにのってダンスのような田植えをする場面を思い出して苦笑する。

僕はさっきから気になっていた。遠くから歩いてくる男がいるのだが、その男の歩き方がふらふらしている。サスペンスドラマで包丁で刺され、助けを求める被害者みたいな動き。やがて表情を確認できるところまで男が近づいた。男は僕のバイクの前で立ち止まると、舌舐めずりしながらこちらの様子をうかがっている。

なんだ、どうした、体調が悪いのか。男は僕に何か言った。暑さで思考能力が低下したのか、男の舌はもつれた。聞き取れなかったので、僕は何を言ったのか男に尋ねた。男は何も言わず、にやにやしている。僕の方を見た男の視線は空中をさまよっていた。僕はやれやれとため息をついて仕事を続けた。

すると男は藤木の方に歩いていった。藤木は見てはならないものを見たように素早く目を伏せた。その藤木の動作がおかしくて、僕は苦笑した。心配していたようなことは何も起こりはしなかった。薄気味悪い男は酒でも飲んでるのか。それとも暑さのせいなのか。それとも五月病。まさか、麻薬患者じゃないよね。

日中の光を受けていると暑いが、それでも風が吹くと寒い。ひとりのお客が駐車場から歩いてきた。その異様な姿に僕は唖然とした。うさぎの帽子をかぶった巨漢の男だった。その帽子は毛糸で編んだもので、うさぎの耳のようにふたつの突起物がついていた。

「こんにちは」と挨拶すると、男はもごもご言って歩いていく。あまり社交的じゃない、むしろ陰気な感じの男だった。うさぎ男の気持が理解できなかった。ねえ、なぜ君はそんな帽子をかぶっているんだい。この季節に似合っていないし、大人がかぶる帽子じゃないよ。うさぎ男の奥底に秘められた深い気持を知りたかった。

やがて西の空に日が落ちて、巨大なマンションの窓から明かりが漏れる。その明かりを見ながら、その人たちのことを考える。人それぞれいろんな生活がある。環境、習慣、価値観の違う人たちが集まったマンションで、誰もが幸せを求めて生きているんだな、と思ったら切なくなった。


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