昔、釣り仲間と行った川のうつくしさが忘れられず、彼女にも見せてやりたいと思い、伊豆に誘った。透明な水と何億かの小石が敷きつめられたきれいな川。ちょうど海に注ぎ込む河口部分の近くで、ボラ、フグ、ハゼなどが釣れた。
彼女と夜11時に車で出発した。夜のドライブは何か楽しいことが待っているようで心が高揚する。首都高の混雑をさけたつもりが、車の渋滞はすぐに始まりノロノロ運転。何のための高速道路と彼女が溜息をもらした。でも、僕は広い海ときれいな川の流れを、映画の一場面のように思い浮かべていた。2時間くらい我慢すれば、あのうつくしい自然と会える。裸足で水に入れば子供のころの記憶がよみがえる。混んだ道路に停滞中でも楽しい。車は首都高から東名に入った。
厚木インターで料金を払うとき、料金所のおじさんに海に行く方向を訊ねると、右に曲がってまっすぐだと教えてくれた。僕は右に曲がってまっすぐに進んだ。1時間くらいして異変に気づく。坂を登っていく感じで、まわりは木々が増えてきた。どこかで道を間違えたのだろうか。道はとても狭くなり、外灯はなくなってしまった。海ではなく山に入る道のようだった。
「いやだ、怖い──。ねえ、ここ、どこなの」
突然、彼女の大きな声に僕は驚く。
「ねえ、戻ろうよ」彼女の声はうわずっていた。
草木が繁茂した山の中を僕たちは彷徨っていた。しかも霧が出て先が見えなくなった。来た方向に引き返すにも、車が一台通れるほどの幅員しかなく、とにかく先に進むしかなかった。やがて霧の中に灯りが見えた。車が進むにつれ、それが外灯であることを知った。外灯の下は広場になっていて奇妙な建物が立っていた。血のように赤い色が塗られた山門があり、更に幽邃なる森林の奥に墓地があった。寺の境内らしいが、寺院は見えない。
怖いと思うと、体が身震いするほど怖いものだ。山門の前で車をバックさせ、来た道を戻った。幽霊が出ないように願いながら、霧で見通しの悪い道をゆっくりと走った。大通りに出て、コンビニで地図を買い、試行錯誤で夜の道を転がるように走った。
ラジオから3時の時報が鳴った。地図通りに走っているが、川や海に出ない。僕は眠くて仕方なかった。横を向いて彼女のようすを見た。彼女は眠い目を必死であけていた。車で走る風景は暗いばかりでよく見えない。土手沿いの道を走っているとき、はっと我に返った。いつのまにか眠っていたのだ。急ブレーキを踏んで車を止めた。道は左に急カーブしていて、真っ直ぐ行けば、土手の中に突っ込むところだった。
彼女の反応がなかった。いつもなら悲鳴をあげて大騒ぎするのに。不審に思い、彼女のようすを窺うと、必死に目をあけようとしているが、意識朦朧になっていることがわかった。僕は声を立てずに笑った。ちょっと間違えたら死ぬところだったのに、そんなときも笑いというものは出てくる。
「ねえ、休憩しようかな」
僕は車をストアーの駐車場に止めて仮眠した。目を覚ますと時計は4時半だ。あたりは薄っすらと明るくなった。少し安心して、僕は車を発進させた。それから1時間経過──。
「ねえねえ、あれ」
彼女の大声で僕は驚いた。海、そう、海が見えると言う。岩山に囲まれた海がちらりと見えた。しかし、僕の見せたい海や川とは違った。すっかり夜は明けて、もう、どこでもいいやと思った。海の家で僕たちは、早朝に出てきたらしい人々と眠った。これからは綿密な計画を立てるべきだと後悔した。
帰宅してから、彼女と近くの川で釣りをした。淀んだ水と浮かぶゴミが流れている。それでもここに魚は生息する。
「いつもこんなところで釣りをしてるの?」
彼女はハンカチで鼻を押さえ、じっと魚がかかるのを待っている。しかし、魚は釣れなかった。
「ほんとうに魚いるのかしら」
彼女の靴は泥で汚れて、つま先の部分が白く固まっていた。
コメント
父が鮎つりに行って、足をすべらせてこけたついでに、
カーボン製の竿が高圧電線にふれかけて感電。片足義足に
なりました。性格ががらっと変わってびっくりしたけど。
(すごい大らかになった)
それ以来、実家では鮎は禁句となってます。
夜の山道、な~んか出そうで怖いよねぇ。
ガラスにうっすら人影が~とか、あれ、あの車さっき追い抜いたのにまた前にいる~とか…
っていうか!
居眠りしてたなんて!!!
そっちの方が怖いです。
あたしも一度だけまっ暗な中海釣りに連れて行ってもらったことがあるけど、
まっ暗な堤防って海との境目が見えへんから怖かったぁ。
かくの、これはノンフィクション??
あまりにも無計画的というか、多少の方向音痴というか無茶すぎる。
余計にかくのさんのことを知りたくなった。
かくの君は免許&車持ってるの(^^)
同居人はウッカリ失効しちゃって持ってませ~ん(><)
なので、ドライブの話は裏山しぃぃぃ~
あ、ちなみに私はペーパーだけど持ってまぁ~す♪