黄泉の国 _____
2009-07古文

島根半島西北部の平田市猪目に猪目洞窟(いなめどうくつ)がある。これが死後の世界の入り口だといわれ、多くの怪談が伝えられている。

さてここに伊耶那岐の命が仰せられるには「愛しい妹の命が、たったひとりの子(一木)のために失ってしまった」とおっしゃって、伊耶那美の命の枕元や足元に腹這いになってお泣きになり、そのときの涙で現れた神は、香具山の麓の木の下においでになる泣沢女(なきさわめ)の神です。

お隠れになった伊耶那美の命は、出雲の国と伯耆の国の堺にある比婆の山にお葬り申し上げました。残された伊耶那岐の命は腰にお佩きになった十拳の剣を抜いて、命を失う原因となった御子の迦具土(かぐつち)の神の頸をお斬りになりました。その剣の先についた清らかな血は、岩に飛び散り、現れた神の名は、石柝(いわさく)の神、根柝(ねさく)の神、石筒(いわつつ)の男の神です。

次にその剣の元についていた血も岩に飛び散り、そこに現れた神の名は、甕速日(みかはやひ)の神、次に樋速日(ひはやひ)の神、次に建御雷(たけみかずち)の神の男の神、またの名を建布都(たけふつ)の神、またの名を豊布都(とよふつ)の神という神です。

次に剣の握りに集まった血が、手の指からこぼれ出して現れた神の名は、闇淤加美(くらおかみ)の神、次に闇御津波(くらみつは)の神です。この石柝の神から闇御津波の神まで合わせて八神は、御剣によってお生まれになった神です。

一木というのは、神を数えるときに柱といいますが、それと同じで子を木と表現したようです。人は土の中から植物のように生れたと考えられていました。

そののち、伊耶那岐の命は亡くなった伊耶那美の命をひとめ見ようと黄泉の国に追いかけます。伊耶那岐の命が黄泉の国の戸を開けて、「いとしい妹よ。あなたと作った国はまだ作り終わっていません。さあ、帰りましょう」と仰せになりました。
すると、それを聞いた伊耶那美の命は、「とても残念です。もっと早く迎えにきてくださればよかった。わたしは黄泉の国の食べ物を口にしてしまいました。それでも、いとしいあなたが来てくれたのですから、わたしも帰りたいと思います。黄泉の国の神様に相談しましょう。その間、わたしを見てはいけません」と答えました。

伊耶那美の命が御殿の中に入ったまま長い時間が過ぎました。とても待ち遠しくて、伊耶那岐の命は左の耳に刺していた櫛の太い歯を1本折って、それに火をつけて殿の中に入りました。そのとき、火に浮かびあがった伊耶那美の命の変わり果てた姿がありました。体は腐りきって、無数の蛆が這いまわり、頭には大きな雷、胸に火の雷、腹に黒い雷、陰に盛んな雷、左手に若い雷、右手に土の雷、左足に鳴る雷、右足に跳ねる雷がおりました。

これをご覧なさった伊耶那岐の命は心臓がとまるほどに驚いて、伊耶那美の命を残してお逃げになりました。妹の伊耶那美の命は歪んだ表情で、「わたしに恥をかかせたわ」と言って、黄泉の国の魔女に追わせました。伊耶那岐の命は髪につけていた黒い木の蔓をとってお投げになったとき、それが野葡萄に生りました。魔女たちがその実を食べているあいだにお逃げになりました。食べ終わると、また追いかけてきたので、今度は右の耳に刺していた櫛の歯を欠いて投げると竹の子が生えてきました。それを食べている間にお逃げになりました。

その後、伊耶那岐の命の体にうごめいていた八つの雷と、たくさんの黄泉の国の軍人をそえて追わせました。伊耶那岐の命は腰にさげている長い剣を抜いて、うしろに振りながらお逃げになりました。黄泉比良坂の坂本までたどり着き、そこに生えていた桃の実を三つ投げると、みんな逃げていきました。そこで伊耶那岐の命は桃の実に、「お前がわたしを助けたように、葦原の中の国で暮らしている人たちが苦しんでいるので助けてほしい」と仰せになって、意富加牟豆美(おほかむずみ)の命という名を与えました。

とうとう最後には伊耶那美の命が追いかけてきましたので、黄泉比良坂の中ほどに大きな岩石で道をふさいで、石を境に二人は向かい合って別離の言葉を交わしました。「あなたがこんなことをするならば、私はあなたの国の人間を一日に千人殺してしまいます」そう、伊耶那美の命が仰いました。そこで伊耶那岐の命は、「あなたがそうされるのなら、私は一日に千五百人の人間を生ませてごらんになります」それで人間は一日に千人が死んで、千五百人が生まれるのです。こうして伊耶那美の命を黄泉津大神(よもつおおかみ)といいます。また、伊耶那岐の命に追いついたところから、道及きの大神といいます。黄泉の比良坂でふさいた岩石は、黄泉の入り口の大神といいます。そして、黄泉の比良坂は、今の出雲の国の伊賦夜坂(いふやざか)のことです。(島根県東出雲)

コメント

Kei.K
2009年7月30日20:29

火神誕生から黄泉比良坂塞ぎまでの流れはKeiは嫌いなんですよね。
単純に伊耶那岐が嫌いというのではなく、もし、自分が伊耶那岐の立場だったらどうしてるのか?
だってほんの少しを待てないほど、チラっとだけでも覗き見たいくらい好きなんですよね。
そう考えると悲しいですしね。
当時、読んだ高校1年生の時も今もなお、僕には分りませんね。

それにしても伊耶那岐は黄泉比良坂を下って逃げるんですよね。
一度東出雲にも行った事があります。
出雲の空を見ながら、黄泉が上にある感じがどうも不思議で、イメージ湧かないんですよね。

かくの
2009年7月30日22:39

死ぬほど好きな相手に裏切られると、その恨みは何倍にもなって身に降りかかるものですね。決して私を見ないで、とイザナミは言って、イザナギと約束したのに、それを破ったことに対して怒っているのだと思います。死ぬほど好きで結婚したのに、今は死ぬほど嫌いだという人もいます。頭の中の理想をその人に投影して生活するうちに、理想と違うことに気づいていくのです。本当に神は勝手なものです。僕だったら、約束を守ってずっと御殿の入口で待っていたと思います。
死者の国と現世を結ぶ黄泉比良坂、本当に死者の国に行けるとしたら、死者も現世に現れるわけで、それが幽霊なのかなと思います。

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