病院送迎バスに乗って病院までの旅。車内はエアコンが効いて、陽気な洋楽が流れている。「シェリー!オンリーユー!僕は君が好きなんだ。シェリー!いつも君のことを想っている」運転手のお気に入りのナンバー。すっかり白くなった後髪が音楽に合わせて小刻みに揺れている。運転手はご機嫌。空に浮かぶアンパンマンみたいな入道雲が「もう夏は終わりさ」と呟いている。
病院に着くと午後からの受付をする人が椅子に座っていた。彼女は3番目の椅子に座って12時半からの受付を待つ。僕は少し離れた外来の待合室の椅子に座って、白い壁に貼られた注意書きを読んだり、足のお悩み、こんな症状ありませんかといった写真を眺めたりしていた。その間、患者が呼ばれ、診察室に入って、しばらくすると出てきた。
「受付終わったよ」
彼女が僕の肩を叩いた。
「うん。それじゃ、食べようか?」
外に出れば灼熱の地獄が待っているから、僕たちは病院内で彼女が作ったおにぎりを食べることにした。会計を待つ患者が数人いるけれど気にしない。おにぎりの中身は梅おかかとチーズが入っていた。
「2時前には戻ってくるから」と彼女は言い残して、入院している東さんのお見舞いに行った。彼女が入院したとき、同じ病室で知り合ったおばあちゃんだ。東さんは膝の軟骨が磨り減ったとかで歩行するのが大儀で左膝の手術を受けた。そして、8月にもう片方の右膝の手術を受けてリハビリしている。
人はいろんな環境下で人と出会う。そこで仲良くなったりする。当時、彼女が入院したとき、病室の人と仲良くなれるか彼女は心配していた。小社会でも同じ部屋で何ヶ月か共に暮らしていくのだから、様々な人間模様があるわけだ。他の人の価値をとやかく判断するつもりはないが、外見や性格が好きだったり考え方が嫌いだったりすることがある。
彼女が救急車で運ばれた病室は302号室で4人部屋だった。そこでお世話になった人がいた。葉子さんという57歳のおばちゃんで、僕が彼女のお見舞いに行くと、いつもクロスワードパズルの雑誌をひろげ回答を書き込んでいた。同じ病室の患者から、「そんなに根を詰めてやらなくてもいいのに」とか「疲れちゃうでしょう」とか言われていた。それでも馬耳東風といった感じで、それがとても大切なことのように葉子さんは笑って続けていた。
退院が近づいてくると外泊を勧められるようになる。葉子さんも家に戻り外泊をした。その度に彼女に蛙、猫、犬の絵が描かれたタオルをプレゼントしてくれた。僕もアディダスやナイキのタオルを貰った。それで僕たちは相談して葉子さんの大好きなカステラや煎餅を渡した。それを葉子さんはとても喜んで、大切に少しずつ食べたようである。
ある日、彼女に葉子さんはどうして入院しているのと訊いた。
「葉子さんに訊いたことあるけど、どこが悪いんだか分からない」と彼女は答えた。本人が知らない病気というのは、病気自体が難しくて専門的な事柄で葉子さんにはわからないのかなと僕は思った。毎日、元気で明るくて葉子さんはこの部屋の主と言われていた。
やがて、葉子さんは退院して、彼女の部屋に移動になったのが東さんだった。東さんは若い考え方をする人で、生まれは昭和ひと桁だけれど感性は平成生まれで、彼女と気が合うそうだ。外見は上品な老婦人といった感じだが、おちゃめで可愛らしいおばあちゃんだ。
彼女は術後、リハビリをして、なんとか杖をついて歩けるようになった。3ヶ月後、彼女は退院した。退院した後もリハビリを繰り返して、レントゲンでも骨がついているのがわかるようになった。ある予約日、病院で検診をしてもらって、仲のよいリハビリテーション科の人から葉子さんがまた入院してきたことを知らされた。すぐに彼女は病室を教えてもらい葉子さんをお見舞いに行った。葉子さんは医療機器につながれてベッドに寝ていた。
数日後、彼女はお土産を持って葉子さんに会いに行った。病室に葉子さんの名札がない。彼女は部屋を換わったのかと看護士に尋ねる。すると葉子さんは亡くなったと言われた。いつも元気で明るかった葉子さん。人の話を笑顔でうなずいて聞いてくれた葉子さん。彼女はとてもショックを受けた。そして、僕だって驚いてしまったのだ。
ちょっと知り合った人、その人たちが彼女の、そして僕の心の中に刻まれていく。
「東さん、泣いてた」
彼女が戻ってきて僕に言った。
「泣いてたって?」
「リハビリの器械をつけて、強制的に足を伸ばしたりして痛いんだって」
「ふうん」
「こんな顔してた」
彼女はそう言って、泣き顔を作ってみせた。
2時からの検診が始まって、彼女が最初に呼ばれた。しかし、すぐに彼女は診察室から出てきた。レントゲンを先に撮るんだって。そう彼女は言って、レントゲン室から番号を呼ばれた。それからまた診察室に入って、ボルトをとる手術は2日に決まったそうだ。
病院に着くと午後からの受付をする人が椅子に座っていた。彼女は3番目の椅子に座って12時半からの受付を待つ。僕は少し離れた外来の待合室の椅子に座って、白い壁に貼られた注意書きを読んだり、足のお悩み、こんな症状ありませんかといった写真を眺めたりしていた。その間、患者が呼ばれ、診察室に入って、しばらくすると出てきた。
「受付終わったよ」
彼女が僕の肩を叩いた。
「うん。それじゃ、食べようか?」
外に出れば灼熱の地獄が待っているから、僕たちは病院内で彼女が作ったおにぎりを食べることにした。会計を待つ患者が数人いるけれど気にしない。おにぎりの中身は梅おかかとチーズが入っていた。
「2時前には戻ってくるから」と彼女は言い残して、入院している東さんのお見舞いに行った。彼女が入院したとき、同じ病室で知り合ったおばあちゃんだ。東さんは膝の軟骨が磨り減ったとかで歩行するのが大儀で左膝の手術を受けた。そして、8月にもう片方の右膝の手術を受けてリハビリしている。
人はいろんな環境下で人と出会う。そこで仲良くなったりする。当時、彼女が入院したとき、病室の人と仲良くなれるか彼女は心配していた。小社会でも同じ部屋で何ヶ月か共に暮らしていくのだから、様々な人間模様があるわけだ。他の人の価値をとやかく判断するつもりはないが、外見や性格が好きだったり考え方が嫌いだったりすることがある。
彼女が救急車で運ばれた病室は302号室で4人部屋だった。そこでお世話になった人がいた。葉子さんという57歳のおばちゃんで、僕が彼女のお見舞いに行くと、いつもクロスワードパズルの雑誌をひろげ回答を書き込んでいた。同じ病室の患者から、「そんなに根を詰めてやらなくてもいいのに」とか「疲れちゃうでしょう」とか言われていた。それでも馬耳東風といった感じで、それがとても大切なことのように葉子さんは笑って続けていた。
退院が近づいてくると外泊を勧められるようになる。葉子さんも家に戻り外泊をした。その度に彼女に蛙、猫、犬の絵が描かれたタオルをプレゼントしてくれた。僕もアディダスやナイキのタオルを貰った。それで僕たちは相談して葉子さんの大好きなカステラや煎餅を渡した。それを葉子さんはとても喜んで、大切に少しずつ食べたようである。
ある日、彼女に葉子さんはどうして入院しているのと訊いた。
「葉子さんに訊いたことあるけど、どこが悪いんだか分からない」と彼女は答えた。本人が知らない病気というのは、病気自体が難しくて専門的な事柄で葉子さんにはわからないのかなと僕は思った。毎日、元気で明るくて葉子さんはこの部屋の主と言われていた。
やがて、葉子さんは退院して、彼女の部屋に移動になったのが東さんだった。東さんは若い考え方をする人で、生まれは昭和ひと桁だけれど感性は平成生まれで、彼女と気が合うそうだ。外見は上品な老婦人といった感じだが、おちゃめで可愛らしいおばあちゃんだ。
彼女は術後、リハビリをして、なんとか杖をついて歩けるようになった。3ヶ月後、彼女は退院した。退院した後もリハビリを繰り返して、レントゲンでも骨がついているのがわかるようになった。ある予約日、病院で検診をしてもらって、仲のよいリハビリテーション科の人から葉子さんがまた入院してきたことを知らされた。すぐに彼女は病室を教えてもらい葉子さんをお見舞いに行った。葉子さんは医療機器につながれてベッドに寝ていた。
数日後、彼女はお土産を持って葉子さんに会いに行った。病室に葉子さんの名札がない。彼女は部屋を換わったのかと看護士に尋ねる。すると葉子さんは亡くなったと言われた。いつも元気で明るかった葉子さん。人の話を笑顔でうなずいて聞いてくれた葉子さん。彼女はとてもショックを受けた。そして、僕だって驚いてしまったのだ。
ちょっと知り合った人、その人たちが彼女の、そして僕の心の中に刻まれていく。
「東さん、泣いてた」
彼女が戻ってきて僕に言った。
「泣いてたって?」
「リハビリの器械をつけて、強制的に足を伸ばしたりして痛いんだって」
「ふうん」
「こんな顔してた」
彼女はそう言って、泣き顔を作ってみせた。
2時からの検診が始まって、彼女が最初に呼ばれた。しかし、すぐに彼女は診察室から出てきた。レントゲンを先に撮るんだって。そう彼女は言って、レントゲン室から番号を呼ばれた。それからまた診察室に入って、ボルトをとる手術は2日に決まったそうだ。
コメント
伝えておきます。
きっと彼女さんも心強いでしょうね。
手術、大変でしょうけれど、がんばってくださいね。
頼れる彼氏がいて彼女も心強いですね。
手術後もリハビリ等大変だと思いますが、順調に回復されますように。
まだまだお体が疲れて大変でしょう。
少しずつリハビリして、普通の日常ができるように頑張ってください。
励ましの言葉ありがとうございます。
あまり僕のことを褒めると調子に乗るやつですから。
やっと骨がついたのに、また手術をしなくてはならないのがよくわかりません。
リハビリ、彼女、頑張ると思います。
ありがとうございます。