如月の風

2011年2月13日 日常
「あ、月」
にこにこ笑っている彼女が指さしたところに月があった。
如月の風、晴れた空、白い月が寂しそうに見えた。
住宅展示場と書かれた幟旗がパタパタとはためき、街行く人は急ぎ足で通行する。
強風の中、図書館に着く頃はかなり疲れてしまった。

柴田よしきを探していると、彼女は料理の本を見てくると言って姿を消した。
僕は刑事、麻生龍太郎とヤクザの山内錬との出会いが書かれた本を探す。
たぶんこの本じゃないかと手にとる。
分厚い本をめくってみる。
字が小さく、更に、二段になっている。
もともと僕は短編より長編の方が好きだから、分厚い本に歓喜するのだ。
この本を持って料理コーナーに行く。
気配を消しながら彼女の後ろに近づき、熱心に読んでいる本を覗いてみた。

「きちんと出汁を取れば、料理がさらに美味しくなる」という文字が目に飛び込んだ。
ふむ、やっぱ、料理の基本だなと僕は考える。
一瞬、彼女は驚いたようにふり向き、途端にふくれ面になった。
「なに?」
「いや、別に」
ふたりの口調はとても静かなものだった。
彼女は広げた本を僕に見せて、
「ほら、だしをきかした料理なら、薄味でも美味しく食べることができるのよ」と言った。
怪訝そうな僕に、彼女は「なに?」と訊く。
「あ、いや」と僕は曖昧に答える。
そうか、「でじる、じゃなかったのか」と思って、言葉に出さなかったことに安堵する。

スチール製の机に向かって本を読む。
おじさんがガザガザと新聞紙を広げたり、子供が咳き込む声が響く。
出入口の自動ドアが開くと、ゴーっという音と共に風が館内に入り込んだ。
ケータイの時計を見れば2時半を回っていた。
ふたりは「聖なる黒夜」と「料理の基本」という本を借りて図書館を出る。

近くの自販機で珈琲を買い、ベンチに足を投げ出して座る。
ぐいと珈琲の缶を傾けたとき、「どう?仕事は見つかった?」と彼女に訊かれた。
視界がみるみる歪んで、少しずつ気分が沈んでいく。
「まだ、捜索中」
「ふうん、捜索中、ね」
彼女は呆れた顔で見ていた。
自転車のベルの音。遠く子供の声。
いかにも唐突に、驚くほど冷たい強風が吹きつけた。

僕は如月の風に吹かれながら考えた。
そう、そうさ、本なんか読んでる場合じゃないんだ。
なんとかしなくちゃ。
やがて彼女は立ち上がると僕の心を忖度するように「早くいいところ見つかるといいね」と言った。
そして僕の頭上からやわらかい笑い声が聞こえてきた。

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