「あ、月」
にこにこ笑っている彼女が指さしたところに月があった。
如月の風、晴れた空、白い月が寂しそうに見えた。
住宅展示場と書かれた幟旗がパタパタとはためき、街行く人は急ぎ足で通行する。
強風の中、図書館に着く頃はかなり疲れてしまった。
柴田よしきを探していると、彼女は料理の本を見てくると言って姿を消した。
僕は刑事、麻生龍太郎とヤクザの山内錬との出会いが書かれた本を探す。
たぶんこの本じゃないかと手にとる。
分厚い本をめくってみる。
字が小さく、更に、二段になっている。
もともと僕は短編より長編の方が好きだから、分厚い本に歓喜するのだ。
この本を持って料理コーナーに行く。
気配を消しながら彼女の後ろに近づき、熱心に読んでいる本を覗いてみた。
「きちんと出汁を取れば、料理がさらに美味しくなる」という文字が目に飛び込んだ。
ふむ、やっぱ、料理の基本だなと僕は考える。
一瞬、彼女は驚いたようにふり向き、途端にふくれ面になった。
「なに?」
「いや、別に」
ふたりの口調はとても静かなものだった。
彼女は広げた本を僕に見せて、
「ほら、だしをきかした料理なら、薄味でも美味しく食べることができるのよ」と言った。
怪訝そうな僕に、彼女は「なに?」と訊く。
「あ、いや」と僕は曖昧に答える。
そうか、「でじる、じゃなかったのか」と思って、言葉に出さなかったことに安堵する。
スチール製の机に向かって本を読む。
おじさんがガザガザと新聞紙を広げたり、子供が咳き込む声が響く。
出入口の自動ドアが開くと、ゴーっという音と共に風が館内に入り込んだ。
ケータイの時計を見れば2時半を回っていた。
ふたりは「聖なる黒夜」と「料理の基本」という本を借りて図書館を出る。
近くの自販機で珈琲を買い、ベンチに足を投げ出して座る。
ぐいと珈琲の缶を傾けたとき、「どう?仕事は見つかった?」と彼女に訊かれた。
視界がみるみる歪んで、少しずつ気分が沈んでいく。
「まだ、捜索中」
「ふうん、捜索中、ね」
彼女は呆れた顔で見ていた。
自転車のベルの音。遠く子供の声。
いかにも唐突に、驚くほど冷たい強風が吹きつけた。
僕は如月の風に吹かれながら考えた。
そう、そうさ、本なんか読んでる場合じゃないんだ。
なんとかしなくちゃ。
やがて彼女は立ち上がると僕の心を忖度するように「早くいいところ見つかるといいね」と言った。
そして僕の頭上からやわらかい笑い声が聞こえてきた。
にこにこ笑っている彼女が指さしたところに月があった。
如月の風、晴れた空、白い月が寂しそうに見えた。
住宅展示場と書かれた幟旗がパタパタとはためき、街行く人は急ぎ足で通行する。
強風の中、図書館に着く頃はかなり疲れてしまった。
柴田よしきを探していると、彼女は料理の本を見てくると言って姿を消した。
僕は刑事、麻生龍太郎とヤクザの山内錬との出会いが書かれた本を探す。
たぶんこの本じゃないかと手にとる。
分厚い本をめくってみる。
字が小さく、更に、二段になっている。
もともと僕は短編より長編の方が好きだから、分厚い本に歓喜するのだ。
この本を持って料理コーナーに行く。
気配を消しながら彼女の後ろに近づき、熱心に読んでいる本を覗いてみた。
「きちんと出汁を取れば、料理がさらに美味しくなる」という文字が目に飛び込んだ。
ふむ、やっぱ、料理の基本だなと僕は考える。
一瞬、彼女は驚いたようにふり向き、途端にふくれ面になった。
「なに?」
「いや、別に」
ふたりの口調はとても静かなものだった。
彼女は広げた本を僕に見せて、
「ほら、だしをきかした料理なら、薄味でも美味しく食べることができるのよ」と言った。
怪訝そうな僕に、彼女は「なに?」と訊く。
「あ、いや」と僕は曖昧に答える。
そうか、「でじる、じゃなかったのか」と思って、言葉に出さなかったことに安堵する。
スチール製の机に向かって本を読む。
おじさんがガザガザと新聞紙を広げたり、子供が咳き込む声が響く。
出入口の自動ドアが開くと、ゴーっという音と共に風が館内に入り込んだ。
ケータイの時計を見れば2時半を回っていた。
ふたりは「聖なる黒夜」と「料理の基本」という本を借りて図書館を出る。
近くの自販機で珈琲を買い、ベンチに足を投げ出して座る。
ぐいと珈琲の缶を傾けたとき、「どう?仕事は見つかった?」と彼女に訊かれた。
視界がみるみる歪んで、少しずつ気分が沈んでいく。
「まだ、捜索中」
「ふうん、捜索中、ね」
彼女は呆れた顔で見ていた。
自転車のベルの音。遠く子供の声。
いかにも唐突に、驚くほど冷たい強風が吹きつけた。
僕は如月の風に吹かれながら考えた。
そう、そうさ、本なんか読んでる場合じゃないんだ。
なんとかしなくちゃ。
やがて彼女は立ち上がると僕の心を忖度するように「早くいいところ見つかるといいね」と言った。
そして僕の頭上からやわらかい笑い声が聞こえてきた。
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